Difference between revisions 42898655 and 42898734 on jawiki'''関西医科大学研修医過労死事件'''(かんさいいかだいがくけんしゅういかろうしじけん)とは、1998年に[[関西医科大学]]で研修医が過労死した事件。「研修医は労働者」との最高裁認定により研修医の労働環境改善のきっかけとなった<ref>「研修医は労働者」判決 両親「過酷労働、改善を」 連続38時間勤務も/大阪 2001.08.30 読売新聞 大阪朝刊 38頁 写有 (全1,016字)</ref> 。 ==背景== (contracted; show full)修医「過労死」 労務管理、不十分 毎日新聞 2001年04月28日 大阪夕刊 9頁 社会</ref><ref>関西医大病院・研修医過労死問題 前学長ら、労基法違反容疑で送検--北大阪労基署 毎日新聞 2001年4月29日 中部朝刊 29頁 社会 (全247字)</ref>。これに対して関西医大は、「研修医は労働者ではないと認識していおり労働基準法違反に問われるのか理解できない」とする主張を繰り返すに留まった<ref name="mainichi20010428"/><ref name="yomiuri20010515"/>。2002年、北大阪労働基準監督署は過労死として労災認定した<ref name="200506yomiuri"/>。 ==1審== 遺族(研修医の父母)は、1991年5月11日[[大阪地方裁判所]]に[[逸失利益]]・慰謝料]]等1億7000万円の賠償を求めて提訴した<ref name="yomiuri19990512"/>。 ⏎ ⏎ ⏎ ⏎ 2002年2月26日大阪地方裁判所は大学に対して、約1億3500万円の支払い命令を出し研修医の死亡は過労死認定であると認定した。この判決を不服として大学側は大阪高裁に控訴した。 ==2審==⏎ を同医大に命じた<ref name="asahi20020225">「研修医の過労死と認め関西医科大に賠償命令」朝日新聞 2002年2月25日</ref>。長時間労働による研修医の過労死が認められた初の判決となった<ref name="asahi20020225"/>。この判決を不服として大学側は大阪高裁に控訴した。 ==2審== 2004年7月15日、2審となる大阪高等裁判所で判決が言い渡された。 ===遺族の主張=== 遺族の主張は以下のとおり。 # 研修医の業務は重要で責任が重く、従事時間が異常に長いことなどから「過酷な勤務」であった<ref name="yomiuri19990512"/>。 # 「過酷な勤務」と死因とは因果関係がある<ref name="yomiuri19990512"/>。 # 病院側は業務時間、内容を把握し、健康に配慮する義務を怠った<ref name="yomiuri19990512"/>。本人の健康管理による過失相殺(下記)は過去の判例からみても明確に否定される。 ===関西医科大学の主張=== 大学側の反論は以下のようなものであった。 # 研修医は労働者ではない<ref name="osaka955"/>。研修は教育であり、過酷な要素はない<ref name="osaka955"/>。午後7時以降の居残りは研修医の自主性に任せた任意であり、これらは研修の過酷性として勘案すべきではない。当時はまだ初期研修中であり、直接患者に接するのは朝夕の採血時程度であり、診療に責任も持たされておらず、中期以降の研修と比較しても質的量的にも到底過重は研修であったとは言えない<ref name="kousai955"/>。 # 研修時間内であっても体調が悪ければ休むのは自由であったし、他科の診察も自由に受けることが出来た<ref name="kousai955"/>。睡眠時間も十分に確保されており、死亡の直前にも疲労した様子も伺えず、知人と会食したり、上司宅を訪問するなどしている<ref name="kousai955"/>。研修開始後に体調が思わしくないと自覚していながら受診していないなど、本人の健康管理にも問題があり健康保持義務は過失相殺されるべきである<ref name="osaka955"/><ref name="kousai955"/>。 # 死亡の原因として検死で提示された心筋梗塞(疑)という診断に対しては、僅か2ヶ月半程度の研修によって急性心筋梗塞で死亡するはずもなく、ブルガダ症候群の発症(特発性心室細動)が原因である<ref name="kousai955"/>。研修とその突然死とには何ら関連性はない<ref name="osaka955"/>。またその死亡も予見できないものであり、安全配慮義務違反はない。 ===判決=== 2002年2月26日大阪地方裁判所は、約1億3500万円の支払いを同医大に命じた<ref name="asahi20020225">「研修医の過労死と認め関西医科大に賠償命令」朝日新聞 2002年2月25日</ref>。長時間労働による研修医の過労死が認められた初の判決となった<ref name="asahi20020225"/>。主な争点に対する裁判所の判断は以下の通りであった。大学側は最高裁への上告をせず、2審の判決が確定した。 # 研修医は労働契約と同様の指揮命令関係下にあるとして研修医を動労者とみなす<ref name="20020226kyoudou"/>。 # 研修医は動労基準法の規定を大幅に超えた1ヶ月300時間を越える勤務をしており、大学側の健康管理に不備があったとした<ref name="20020226kyoudou"/>。 # 「研修医は医師なのだから、自分の体は自分で管理すべき」というのは、業務の過重さからして研修を休んで診察を受けることを期待することは大学が負う安全配慮義務に照らすと酷である。 ==未払い賃金の支払いを求めた訴訟== (contracted; show full) ==報道== *読売新聞は「研修医の過酷な勤務実態が医療ミスにつながっていると指摘されてきたが、判決は待遇の改善を促しそうだ。」と報じた<ref name="200506yomiuri"/>。 *神戸新聞は、信じられない勤務実態であり研修医がからむ医療事故が絶えないのも、本例のような勤務環境が背景となっているとし、大学病院の古い体質に加え、研修プログラムが確立されていないことが原因であると論じた<ref name="kobe20020228"/>。 *医療事故調査会・代表世話人の森功医師は「未熟な研修医を一人前として扱い、エラーは仕方がないというのが日本の実態。事故に対する大学側の意識の低さが背景にある。研修医の生活が保障され、指導も行き届いた欧米では、こんな危険な医療がまかり通ることなど考えられない」 しかも、激務の研修医の給与は月数万円から二十万円程度と少ない。生活費稼ぎのため、民間病院で単独のアルバイト診療を行うケースも多い。 ⏎ ⏎ ⏎ ⏎ ==その後== 研修医を労働者と認めた初の判断は、徒弟制的な研修医制度の改革を病院側に求めることになった<ref name="2005okinawa6"/>。厚生労働省は、2004年4月から医療の質の向上を目的に医師免許取得後の2年間の臨床研修制度を開始した。また医療事故の要因ともなっていたアルバイト診療も禁止する一方で、研修医に月30万円程度の給与を支給するよう求めた。しかしそれによって研修医の労働力に依存していた地方自治体の医療体制が大きなダメージを受け、大学[[医局]]の縮小や地方医療崩壊が発生するなど新たな問題が発生した。(詳しくは[[医師不足]]を参照) ==参考文献== *塚田 真紀子 『研修医はなぜ死んだ?』単行本: 227ページ 日本評論社 ISBN 978-4535982048 ==脚注== <references/> ==関連項目== *[[医師不足]] *[[医療崩壊]] {{DEFAULTSORT:かんさいいかたいかくかろうししけん}} [[Category:医療問題○]] [[Category:平成時代の事件○]] All content in the above text box is licensed under the Creative Commons Attribution-ShareAlike license Version 4 and was originally sourced from https://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=42898734.
![]() ![]() This site is not affiliated with or endorsed in any way by the Wikimedia Foundation or any of its affiliates. In fact, we fucking despise them.
|