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{{Sakujo/本体|2012年5月10日|歌詞記載案件 其の壱}}
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{{存命人物の出典明記|date=2008年4月29日 (火) 13:28 (UTC)}}
{{Infobox 作家
| name          = 綿矢 りさ<br />(わたや りさ)
| image         = 
| imagesize     = 
(contracted; show full)}}
'''綿矢 りさ'''(わたや りさ、本名:山田 梨沙〈やまだ りさ〉、[[1984年]][[2月1日]] - )は、[[日本]]の[[小説家]]。

高校在学中「[[インストール (小説)|インストール]]」で[[文藝賞]]を当時最年少の17歳で受賞しデビュー。大学在学中の[[2004年]]、「[[蹴りたい背中]]」により19歳で[[芥川龍之介賞|芥川賞]]受賞([[金原ひとみ]]と同時受賞)、同賞の最年少受賞記録を大幅に更新し話題となる。[[2006年]]に長編第3作『[[夢を与える]]』を発表。[[早稲田大学]][[教育学部]][[日本文学|国語国文学科]]卒業後は専業作家として活動している。[[2012年]]、『[[かわいそうだね?]]』で[[大江健三郎賞]]を最年少で受賞する。

筆名の「綿矢」は、姓名判断を参考に中学時代の同級生の姓「綿谷」から拝借したもの。


<font color=red><b>
 can say good bye. . . せめて最後の夜は
遠い愛しい 君の瞳のままで
そう I can say good bye. . . きっと偶然どこかで
出逢うことが あっても 笑顔でいられる

気づいたら サヨナラさえも
目覚めたら となりの君はいない
こんなにも 泣きだしそうな夜も
嫌だよね 君の笑顔 祈ってる

何ひとつ 君に 伝えられない
愛していた 事実(コト)に うそはないから
何もかもが 君を 描いていたから
悲しい まなざしで 星空(ソラ)を見ないで

大切なふたりの サインだったね
想うだけで 強くなる私がいる
ほんとは ずっと震えていたよ
終わりがある事 知っていたから

I can say good bye. . . せめて最後の夜は
遠い愛しい 君の瞳のままで
そう I can say good bye. . . きっと偶然どこかで
出逢うことが あっても 笑顔でいられる

I can say good bye. . . せめて最後の夜は
悲しい まなざしで 星空(ソラ)を見ないで  
<font color=white><i><big>== 経歴 ==
幼少期からの読書好きで、小学生のころは[[江戸川乱歩]]や[[那須正幹]]の『[[ズッコケ三人組]]』シリーズ、『[[不思議の国のアリス]]』<ref>以上<!---[[江戸川乱歩]]や[[那須正幹]]の『[[ズッコケ三人組]]』シリーズ、『[[不思議の国のアリス]]』---->[[読売新聞]] 2008年10月27日 13面</ref>、[[カニグズバーグ]]、『[[クマのプーさん]]』、[[ミヒャエル・エンデ]]の『[[はてしない物語]]』などを愛読。中学生の頃から[[マーガレット・ミッチェル]]『[[風とともに去りぬ]]』や[[田辺聖子]]『言い寄る』を繰り返し読む<ref name=dokusyo>[http://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi08.html 「作家の読書道」第8回 綿矢りささん]</ref>。中学では演劇部に所属。高校生の時、[[太宰治]]の作品を読んだことが切っ掛けとなり本格的に小説を書き始める<ref>「太宰治を片端から読みながら」(『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』[http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/bungeishunju0403.htm 2004年3月号])、[[NHK衛星第2テレビジョン|NHK-BS2]]「[[週刊ブックレビュー]]」[http://d.hatena.ne.jp/kajika_eps/20101003/p2 2010年10月2日放送]</ref>。

[[京都市立紫野高等学校]]在学中の[[2001年]]、「[[インストール (小説)|インストール]]」で第38回[[文藝賞]]受賞。当時17歳であり、第18回([[1981年]])の[[堀田あけみ]](『[[アイコ十六歳]]』)以来20年ぶりの最年少タイ記録として話題となった(その後2005年に当時15歳の[[三並夏]]が記録更新)。同作品で[[2002年]]に第15回[[三島由紀夫賞]]候補。選考委員の[[福田和也]]、[[島田雅彦]]より高い評価を受ける。また同作品の単行本は、2年後の[[芥川龍之介賞|芥川龍之介賞]]受賞や映画化の効果も相まって、2008年までに70万部が発行されるベストセラーとなった。

[[2002年]]、高校を卒業し、早稲田大学教育学部国語国文学科に自己推薦入試で入学(在学中は[[千葉俊二]]ゼミに所属)。大学在学中の[[2003年]]に『[[蹴りたい背中]]』で第25回[[野間文芸新人賞]]の候補となり、[[2004年]]に同作品で[[第130回芥川龍之介賞]]受賞(当時19歳)。[[金原ひとみ]](当時20歳)「[[蛇にピアス]]」と同時受賞であり、それまでの最年少記録(第56回(1967年)・[[丸山健二]]の23歳0ヶ月)を大幅に更新。芥川賞受賞作と選評が掲載された月刊『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』2004年3月号は、雑誌としては異例の初回刷80万部、最終的には118万5000部を記録し、それまで最高だった1990年12月号「昭和天皇独白録」収録号の105万部を抜き、最多発行部数を更新した。単行本は芥川賞受賞作としては[[1976年]]受賞の[[村上龍]]『[[限りなく透明に近いブルー]]』(131万部)以来、28年ぶりの[[ミリオンセラー]]となった。2004年末までの発行部数は127万部。

[[2006年]]、『蹴りたい背中』で2005年度早稲田大学[[小野梓記念賞]]<芸術賞>を受賞。大学を卒業、年末に『蹴りたい背中』以来3年半ぶりの長編となる『[[夢を与える]]』を発表。[[2008年]]、第26回京都府文化賞奨励賞を受賞。

[[2008年]]、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leadersの1人に選出された。

[[2010年]]、『勝手にふるえてろ』が第27回[[織田作之助賞]]大賞の候補となる。

[[2012年]]、『かわいそうだね?』で第6回[[大江健三郎賞]]を受賞。

== 人物 ==
愛読書として上述したものの他に[[村上春樹]]の初期作品(『[[風の歌を聴け]]』『[[羊をめぐる冒険]]』)、[[よしもとばなな]]の『[[キッチン (小説)|キッチン]]』、[[町田康]]『人間の屑』などを挙げている<ref name=dokusyo/>。[[スティーブン・キング]]もよく読む作家の一人。好きな映画は『[[普通の人々]]』や[[マリリン・モンロー]]の作品、[[オードリー・ヘップバーン]]の作品。かつて、文芸誌のアンケートでは、好きな映画は、洋画なら『[[愛と追憶の日々]]』、邦画なら『[[月光の囁き]]』と答えた。

芥川賞の賞金の使い道は{{要出典範囲|引越しとノートパソコン|date=2008年4月}}。芥川賞受賞時については{{要出典範囲|「部屋で一人こもって書いていたときとのギャップがあまりにもあったので、何で本を書いてこんなことしているんだろうと思ったりしました。」と述べている|date=2008年4月}}。

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[[de:Risa Wataya]]
[[en:Risa Wataya]]
[[fr:Risa Wataya]]
[[it:Risa Wataya]]
[[ko:와타야 리사]]
[[ru:Ватая, Риса]]
[[zh:綿矢莉莎]]