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{{Infobox Musician <!--Wikipedia:ウィキプロジェクト 音楽家を参照-->
| Name                = 持田香織
| Img                 = Every-Little-Thing-2008.jpg
| Img_capt            = 持田香織(左)と[[伊藤一朗]](右)([[2008年]])
| Img_size            = <!-- サイズが250ピクセルに満たない場合のみ記入 -->
| Landscape           = <!-- 画像の横幅が広く、高さが小さい場合に“yes”を記入 -->
| Background          = singer<!-- singer/group/bandなど -->
| Birth_name          = 持田香織<!-- 個人のみ --><!-- 出生時の名前が公表されている場合のみ記入 -->
(contracted; show full)
}}
'''持田 香織'''(もちだ かおり、[[1978年]][[3月24日]] - )は、[[日本]]の[[女性]][[シンガーソングライター]]。[[東京都]][[江東区]]出身。[[亀戸]]生まれ。[[Every Little Thing]]の[[ボーカリスト]]。旧芸名は'''持田 かおり'''。[[血液型]]は[[ABO式血液型|A型]]。[[愛称]]は「'''もっちー'''」「'''もっち'''」「'''かおりん'''」「'''だもきち'''」など。甥と姪には「かっか」、Every Little Thing元メンバーの[[五十嵐充]]には、「かんちゃん」と呼ばれている(五十嵐のブログより)。


<font color=fuchsia><b>
窓に広がるアフリカ
今 赤く燃えるサバンナ
ぼくは帰るよ Jungly Place
それはビル 車たちの群れ
502回目の Saharian Night
月夜に光る翼ながめ
Jet Liner 夜間飛行には
あまりにも速い旅だよ

Take It To The Lucky
I Found You And Changin
忘れるよ Jeria 今は
Take It To The Lucky
You Save Me And Growin
君を迎えに来る日まで

出逢った街は Bobo Dioulasso
南への足を止めたよ
君はモスクに祈る娘
瞳は深く青い海
長い象の群れたやすく
心と同じにあやつる
今も想いだす That Log Cabin
星を散りばめた甘い夜

Take It To The Lucky
You Tell Me And Changin
教えるよ 君の愛が
Take It To The Lucky
You Save Me And Growin
みつけるよ Lucky For Your Love
Together Together 林駆けめぐる
Animal Kingdom Jeria You Make Me Feel A Life
Let It Go, Let It Go, Lake Chad, Sal Island
進むよ Crusin' Van You Are The Saharian Wind
Tu-La-La Your Song
谷間に響く夢の架け橋へ ぼくを導く
Do-Da-Da Do-Da-Da Di-Da-Da Hai-Ra-Di
Tom Tom Dancin' Sunrise 朝陽にうつる

ぼくのオアシスはもうすぐ
アフリカの空へ消えるけど
飢えた旅人の蜃気楼
ぼくは二度と見ないだろ
「別れることは怖くない」
君は涙みせずに言った
生きる為のルールだから
ほんの少し悲しいだけ

Take It To The Lucky
I Found You And Changin
後姿 震える指
You Don't Have To Say Good-bye Windy Jeria
忘れないよ いつの時も

Together Together 二人の小舟
麻のドレス着て You Are Like A Sea-gull
Let It Go, Let It Go, Marra Kesh, Casablanca
小麦色の肌 You Are The Sea-wind
Tu-La-La Your Song
谷間に響く夢の架け橋へ ぼくを導く
Do-Da-Da Do-Da-Da 遠く聞える
Tom Tom Dancin' Sunset 夕陽をうけて

Take It To The Lucky
You Tell Me And Changin
教えるよ 君の愛が
Take It To The Lucky
You Save Me And Growin
みつけるよ Lucky For Your Love

Take It To The Lucky
I Found You And Changin
忘れるよ Jeria 今は
Take It To The Lucky
You Save Me And Growin
君を迎えに来る日まで  
<font color=white>== 来歴 ==
=== Every Little Thing以前 ===
[[子役]]として、数々のテレビ[[コマーシャルメッセージ|CM]]、[[モデル雑誌]]で活躍。小学校時代は、一輪車クラブに所属しており、登下校は一輪車でしていた。高校時代は、[[バトントワリング]]部に所属。

その後、'''持田 かおり'''の名で、「[[週刊ヤングマガジン]]」誌上で公募されたアイドルグループ・[[黒BUTAオールスターズ]]の第2期メンバーとして[[芸能界]]入りし、[[テレビ東京]]『[[黒BUTA天国]]』に出演。[[1993年]](平成5年)[[7月10日]]に同グループ名義のシングル「あなたにお願い申し上げます。」でCDデビュー。後にシングル「[[もう一度 (持田かおりの曲)|もう一度]]」([[テイチクエンタテインメント|テイチク]])でソロデビューを果たすが、特にヒットすることはなく、一旦芸能界を離れ、学業に専念する。なお、「もう一度」はブレイク後の[[1998年]](平成10年)[[6月]]に再発されている。

[[1992年]](平成4年)、第6回[[全日本国民的美少女コンテスト]]に出場したが予選で敗退。その年のグランプリは[[佐藤藍子]]、また[[米倉涼子]]が審査員特別賞を受賞している。

高校の先輩には[[森尾由美]]がいる。

Every Little Thingとして『[[HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP]]』に出演した際、持田が子役時代に出演した[[第一家庭電器]]のCMが放送された。また、本人も稀にアイドル時代のことについて語る場合があり、特に隠そうとはしていない。また、当時は[[松本人志]]にナンパされたと語ったこともある。

=== Every Little Thing発足 ===
[[1995年]](平成7年)、「[[エイベックスグループ|エイベックス・ディー・ディー]]」(現エイベックス・グループ・ホールディングス)のディレクターに[[五十嵐充]]を紹介された。五十嵐は、同社の子会社の制作会社「[[プライム・ディレクション]]」<ref>法人としては現在のエイベックス・ライブ・クリエイティブ。「法人としては」と断りがあるのは、同社が2005年のグループ再編でライブ企画会社に業態変更したため。</ref>のレコーディングスタジオ「プライム・サウンド・スタジオ青山」の電話番のアルバイトをしながら、[[音楽プロデューサー]]を志し、音楽創作を続けていた。週末にスタジオ勤務を終えた五十嵐と、五十嵐の作詞、作曲、編曲、プログラムした曲に歌を入れ、[[デモテープ]]を作り続けた。

当初、持田はソロでデビューする予定であったが、持田が高校卒業目前だったことや、[[松浦勝人]]の勧めがあったことにより、高校卒業後に五十嵐と2人のユニットでデビューする予定になった。さらに、五十嵐が楽曲にギターの音が欲しくなったことと心細さから、かつて共にバンドを組んでいた[[伊藤一朗]]を入れたいと松浦に打診し、了承を得て、3人のユニットとしてデビューすることになった。持田と伊藤はデビューの1か月前に初めて会った。Every Little Thingは[[1996年]](平成8年)[[8月7日]]に「[[Feel My Heart]]」でCDデビューした。

=== Every Little Thing発足後 ===
テレビCMにも多数出演していて、その多くは、[[バックグラウンドミュージック|BGM]]に、CMとタイアップしたELTの楽曲(詳細は[[Every Little Thing#ディスコグラフィ|当該項]]参照)が使用されている。更に[[2003年]](平成15年)にはフォト・エッセイ『ミドリノヘイワ』を本にして出版している。

[[2004年]](平成16年)[[10月20日]]には尊敬する[[井上陽水]]によるプロデュース(「持田香織 produced by 井上陽水」名義)で、シングル「[[いつのまにか少女は]]」(作詞・作曲:井上陽水)を発売した。ソロとしては11年ぶりである。[[オリジナル]]は[[1973年]](昭和48年)[[3月]]の井上陽水「[[夢の中へ]]」の[[カップリング曲]]。[[トリビュート・アルバム]]『[[YOSUI TRIBUTE]]』にも収録されている。

[[2006年]](平成18年)[[3月24日]]に発売された[[俳優|女優]]の[[綾瀬はるか]]のデビュー曲「ピリオド」の作詞([[小林武史]]と共作)をしている。

[[2007年]](平成19年)[[3月14日]]に発売された[[歌手]]・[[中島美嘉]]の4thアルバム『[[YES (中島美嘉のアルバム)|YES]]』に収録されている「GOING BACK HOME」の作詞を担当。

[[2008年]](平成20年)[[6月25日]]に発売された[[バンド (音楽)|バンド]]・[[DREAMS COME TRUE]]のシングル「[[MERRY-LIFE-GOES-ROUND/TRUE, BABY TRUE.]]」に収録されている「MERRY-LIFE-GOES-ROUND」の[[ミュージック・ビデオ|PV]]に女優として出演している。

[[2009年]](平成21年)[[1月28日]]に、約4年3ヶ月ぶりに自身3枚目となるソロシングル「[[雨のワルツ]]」([[SAKEROCK]]が参加している。)がリリースされた。また、同年3月[[田島貴男]]と[[Caocao]]を結成し、[[フィンガー5]]の楽曲「[[個人授業 (フィンガー5の曲)|個人授業]]」をカバー。映画『[[おっぱいバレー]]』の主題歌となる。

[[2012年]](平成24年)[[6月6日]]にリリースされた「[[美しき麗しき日々]]」は、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系ドラマ『[[クレオパトラな女たち]]』の主題歌で、ソロでは初のドラマ主題歌に抜擢された<ref>[http://news.livedoor.com/article/detail/6480578/?utm_source=m_news&utm_medium=rd 持田香織が主題歌を書き下ろし! ドラマ「クレオパトラな女たち」本日スタート(2012年4月18日 提供 TOWER RECORDS)]</ref>。

== 五十嵐充との関係 ==
*持田と伊藤の2人体制になってからも五十嵐がELTのコンサートに行っていることが五十嵐のブログの中でも明らかにされており、交流は続いている。なお、五十嵐が脱退した理由は作曲・編曲及びプロデュース活動に専念するためと発表されている。
*2008年に『[[SONGS (テレビ番組)|SONGS]]』に出演した際、8thシングル「[[Time goes by]]」について持田は「当時(19歳から20歳の頃)はまだ歌詞の意味を(深く)理解しないで歌っていた」と語っている。
*五十嵐がELTを脱退して9年後となる2009年、36thシングル「[[DREAM GOES ON]]」(9月23日発売)で五十嵐がサウンドプロデューサーとして作曲・編曲を担当した(作詞は持田香織、ただし、カップリングの「spearmint」の作詞は五十嵐自身が担当した)。そして、その後の11月18日に発売した37thシングル「[[冷たい雨 (Every Little Thingの曲)|冷たい雨]]」でも同様の体制を取った。
(contracted; show full)
[[ca:Kaori Mochida]]
[[en:Kaori Mochida]]
[[es:Kaori Mochida]]
[[ko:모치다 카오리]]
[[tl:Kaori Mochida]]
[[vi:Mochida Kaori]]
[[zh:持田香織]]