Revision 42917562 of "涅槃" on jawiki{{Buddhism}}
[[画像:Parinirvana Buddha.jpg|thumb|300px|涅槃図(19世紀)]]
'''涅槃''' (ねはん、{{翻字併記|sa|निर्वाण|Nirvāṇa|n}}; {{翻字併記|pi|निब्बान|Nibbāna|n}} 、[[プラークリット]]: {{lang|pi|णिव्वाण}},{{IAST|ṇivvāṇa}} 、{{翻字併記|th|นิพพาน|Nípphaan|n}})は、[[仏教]]の主要な概念の一つである。
==訳==
この語のほか、泥曰(ないわつ)、泥洹(ないおん)、涅槃那(ねはんな)などとも音写される。漢訳では、滅、滅度、寂滅、寂静、不生不滅などと訳した。また、サンスクリットでは「廻って」という意味の接頭辞 pari- を冠してパリニルヴァーナ(parinirvāṇa) 、更に「偉大な」という意味の mahā- を付してマハーパリニルヴァーナ(mahāparinirvāṇa)ともいわれるところから円寂、大円寂などと訳された。ただし、南伝のパーリ語教典を訳した[[中村元 (哲学者)|中村元]]はダンマパダ、第十章、「暴力」、百三十四節の訳注において「安らぎ - Nibbāna(= Nirvāṇa 涅槃)声を荒らげないだけで、ニルヴァーナに達しえるのであるから、ここでいうニルヴァーナは後代の教義学者たちの言うようなうるさいものではなくて、心の安らぎ、心の平和によって得られる楽しい境地というほどの意味であろう。」としている。
==概説==
'''涅槃'''は、「[[悟り|さとり]]」〔[[悟り|証、悟、覚]]〕と同じ意味であるとされる。しかし、ニルヴァーナの字義は「吹き消すこと」「吹き消した状態」であり、すなわち[[煩悩]](ぼんのう)の火を吹き消した状態を指すのが本義である。その意味で、滅とか寂滅とか寂静と訳された。また、涅槃は[[如来]]の[[死]]そのものを指す。[[涅槃仏]]などはまさに、死を描写したものである。「人間の本能から起こる精神の迷いがなくなった状態」という意味で'''涅槃寂静'''といわれる。
[[釈迦]]が[[入滅]](死去)してからは、涅槃の語にさまざまな意味づけがおこなわれた。
# 有余涅槃・無余涅槃とわけるもの
# 灰身滅智、身心都滅とするもの
# 善や浄の極致とするもの
# 苦がなくなった状態とするもの
などである。
涅槃を有余と無余との二種に区別する際の'''有余涅槃'''は、釈迦が三十五歳で成道して八十歳で入滅するまでの間の「さとり」の姿を言う。'''無余涅槃'''は八十歳で入滅した後の「さとり」の姿とみるのである。この場合の、「余」とは「身体」のこととみて、身体のある間の「さとり」、身体のなくなった「さとり」とわける。
有余涅槃・無余涅槃は、パーリ語の sa-upādisesa-nibbāna, anupādisesa-nibbāna で、このうち、「余」にあたるウパーディセーサ(upādisesa)は、「生命として燃えるべき薪」「存在としてよりかかるべきもの」を意味する。仏弟子たちは有余無余を、釈迦の生涯の上に見た。釈迦の入滅こそ、輪廻転生の苦からの完全な解脱であると、仏弟子たちは見たのである。
このような「さとり」が灰身滅智、身心都滅である。'''灰身滅智'''(けしんめっち)とは、身は焼かれて灰となり、智の滅した状態をいう。'''身心都滅'''(しんしんとめつ)とは、肉体も精神も一切が無に帰したすがたをいう。このことから、これらは一種の虚無の状態であると考える事ができるため、初期の仏教が、正統バラモンから他の新思想と共に虚無主義者(ナースティカ、nāstika)と呼ばれたのは、この辺りに原因が考えられる。
ナースティカとは呼ばれたが、釈迦が一切を[[無常]]・[[苦]]・[[無我]]であると説いたのは、単に現実を否定したのではなく、かえって現実の中に解決の道があることを自覚したからである。
この立場で、のちに'''無住処涅槃'''という。「さとり」の世界では、[[無明]]を滅して[[智慧]]を得て、あらゆる束縛を離れて完全な自在を得る。そこでは、涅槃を一定の世界として留まることなく、生死と言っても生や死にとらわれて喜んだり悲しんだりするのではなく、全てに思いのままに活動して[[衆生]]を仏道に導く。
このような涅槃は、単に煩悩の火が吹き消えたというような消極的な世界ではなく、煩悩が転化され、'''慈悲'''となって働く積極的な世界である。その転化の根本は'''[[般若|智慧]]'''の完成である。ゆえに「さとり」が智慧なのである。
この点から[[菩提]]と涅槃を「二転依の妙果」という。涅槃は以上のように、煩悩が煩悩として働かなくなり、煩悩の障りが涅槃の境地に転じ、智慧の障害であったものが転じて慈悲として働く。それを'''菩提'''(ぼだい)という。
以上のように「さとり」は、涅槃の寂静と菩提の智慧の活動とを内容とする。そこで涅槃の徳を'''[[常楽我浄]]'''の四徳と説く。「さとり」は常住不変で、一切の苦を滅しているので楽、自在で拘束されないから我、煩悩がつきて汚れがないから浄といわれる。
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# 苦しみが滅した状態。仏教で目指す、理想の状態。
# 画家、香月泰夫の代表作の一つ。シベリア抑留から帰国した後、シベリアを題材にした作品を、描き続けた。
題名に涅槃がつく絵画等は無数にあると思われるのでいちいち曖昧リストをつけるのは無意味と思われるが
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== 関連項目 ==
*[[涅槃会]]
*[[涅槃図]]
*[[涅槃仏]]
*[[大般涅槃経]]
*[[涅槃原則]] - [[精神分析学]]の概念。
*[[涅槃交響曲]] - [[黛敏郎]]作曲の交響曲。
*[[ニルヴァーナ]]
*[[ニルヴァーナ (ジャイナ教)]]
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