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'''桑蓬の歌'''(そうほうのうた)は旧制[[:w:興亜工業大学|興亜工業大学]](現在の千葉工業大学)予科寮の寮歌である。

== 概要 ==
この寮歌は作詞作曲は当時の興亜工大生が行い、学生・生徒の愛唱歌として今日まで[[:w:千種寮|千種寮生]]及び千葉工業大學応援団を中心に受け継がれてきた歌である。当時の桑蓬寮生の中で自然発生的に生まれたもので、誰が作詞作曲をしたかは不明。

:「'''桑蓬'''」は[[:w:1946年|1946年]](昭和21年)に大學が千葉津田沼校地に移転した際に作られた学生寮('''桑蓬寮''')の名前に由来する。同じ校地内にはほかに'''総椿寮'''と呼ばれる寮があった。

:'''作詞''': 興亜工業大学予科生(不明)
:'''作曲''':    同 上   (不明)

== 歌詞 ==
*(一)<br/>花と競える若武者の<br/>鎧に映えし弦月や<br/>今総南の夜に入りて<br/>集える男児三百の<br/>その血潮に匂うかな

*(二)<br/>雲靉の群山は<br/>緑色濃く春去れば<br/>野面に萠る新草や<br/>かざす椿に涙して<br/>大乾坤に踊るかな

*(三)<br/>治乱興亡幾千戴<br/>昨否今是の世をよそに<br/>秋浩然の気を享けて<br/>翼とゝ゛む鳳雛の<br/>今雄飛せん五大州

*(四)<br/>彼のギリシャや神々の<br/>饗宴かざりし星月夜<br/>今桑蓬の友墻と<br/>エルムの陰に団楽して<br/>子安が丘に仰ぐかな

*(五)<br/>かの窈窕の蛾眉いずれ<br/>久遠を過ぐる一刹那<br/>ただ誠こそ大志こそ<br/>青光彩どる花なれや<br/>あゝ吾男児いざゆかん

== 出典 ==
2000 Chiba Institute of Technology Syllabus & Song <br/>
付「千葉工業大学-校歌・寮歌・応援歌集([[:w:千葉工業大学PPA|千葉工業大学PPA]]・[[:w:千葉工業大学同窓会|千葉工業大学同窓会]])」

[[category:寮歌|そうほうのうた]]
[[category:校歌|そうほうのうた]]