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{{Wikipedia|金森徳次郎}}
== 一、誕生 ==

しがない私の履歴のことをかれこれいってみても世に益することのないことはよく知っている。しかし人間は過去を顧みて自分の足あとを見なおしたい気分も少しはもっている。そして、また、少しは自分を美化して示したい気分もある。それは虚飾とか偽善とかいうほどのものすごいことではなくて、婦人が白粉をつけたり、口紅をぬったりするほどの無邪気な気もちで、世間にあまり不愉快を与えないための心がまえである。もし本当に正直にいえと厳格に迫られれば、それはブラジャーもバタフライも取除き去る覚悟でなくてはならぬが、遠慮気味である。

(contracted; show full)がすのだが、中間の人は「それは絶対秘密だが、時が来たらお前をあわせてやる」という。いつあわせてもらえるかと問うと時期が来ない、待てという。歳月は走った、女の子には二人も子が出来た。だが面会の許しは来ない。その父親は今もとの赤坂御所の中にいるのだから、聞けばわかるとのことだ。そこで私がそのお父さんと推定されて、なつかしげにあいに来られたのである。ここまで話の筋がわかるのも容易なことではなかったが、とにかく聞いて見れば重大事だ。金森という心当りの人を考えてみても全く見当がつかぬ、ついにお別れしてしまった。二度も家をかえさせて秘密を保たんとしたことは用意周到であったが、まことに気に食わない、強く義憤を感じた。後で知ったところによると旧宮内省関係の人ではるか前に物故された人らしい。これが真に私と関係があったら、地獄へ行った時私はドライではなかったとエンマに威張れるのだがと思いつつ変に非人道的な刺激を感じた。だが私は正しくってよかったと思った。

== 脚注 ==
<references />

== 出典 ==
[[w:日本経済新聞|日本経済新聞]]昭和33年(1958年)7月29日 - 8月14日




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[[Category:私の履歴書]]
[[Category:1958年]]