Difference between revisions 80522 and 124254 on jawikisource{{Wikipedia|五島慶太}}
== 一、生い立ち ==
私の履歴書は七十四歳の今日まで、とにかく「強盗慶太」の異名を頂戴するくらいであったから、事業のための私であり、事業あってこその生涯で、いわゆる人間的な匂いを持った履歴書といえないかもしれないが、求めに応じて概略を書きつづって見よう。
私は明治十五年四月十八日、ちょうど釈迦(しゃか)降誕の日の十日後、信州上田から三里ほど山の中に入った、詳しくいうと長野県小県郡青木村という片田舎で、小林菊右衛門という水呑百姓の二男として生れた。兄は総領の甚六というか、非常におとなしい男で、家業の百姓を継ぎ、後に村長、県議会議員等をやり、平凡な一生を草深い片田舎で終わったが、私は世の二男坊の通例に違わず、負けん気の暴れん坊で、村の大事な鎮守の拝殿に大きな落書をしたり、同年輩の友人の頭に鍬(くわ)を打込んで大怪我をさせたりしたこともあった。
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== 出典 ==
[[w:日本経済新聞|日本経済新聞]]昭和31年(1956年)4月14日 - 4月23日
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