Difference between revisions 72872 and 72874 on jawikibooks[[文学]]>[[古典文学]]>[[日本の古典]]>[[平家物語]] __NOTOC__ ==原文== ===第一節=== 入道相国かやうに天下をたなごころににぎり給ふ間、世のそしりをもはばかり給はず、不思議の事をのみし給へり。 たとへば、そのころ、京中に白拍子の上手、祇王、祇女とておととい有り。これはとぢといふ白拍子の娘なり。姉の祇王を、入道相国最愛せられければ、妹の祇女をも世の人もてなす事かぎりなし。母とぢにもよき家つくりてとらせ、毎月百石百貫をぞ贈られける。家のうち富貴にして楽しき事かぎりなし。 (contracted; show full) とて、なほ返事を申さず。母とぢかさねて教訓しけるは、 「天が下に住まん者は、ともかうも入道殿の仰せをば背くまじき事に有るとぞ。男女の縁宿世、いまに始ぬ事ぞかし。千年万年と契れども、やがて離るる事も有り。あからさまとは思へども、ながらへは、つる仲も有り。世に定めなきは男女のならひなり。それに、我御前は、三年まで思はれまゐらせたれば、ありがたき御情にこそ有れ。このたび召さんに参らねばとて、命を召さるるまではよも有らじ。都のほかへぞ出だされんずらん。たとへ都を出ださるるとも、我御前たちは年若ければ、いかならん岩木のはざまにても、すごさん事やすかるべし。但、我身年老い、よはひおとろへて、都のほかへ出だされなば、ならはぬひなの住まひこそかねて思ふに悲しけれ。唯われを都のうちにて住みはてさせよ。それぞ今生、後生の孝養にて有らんずる」 と言へば、祇王、憂しと思ひし道なれど、親の命をそむかじと、泣く泣く出でたちける心のうちこそ無慚なれ。 ⏎ ⏎ 。涙のひまよりも、 ''露の身の わかれし秋に きえはてで 又ことの葉に かかるつらさよ'' 「ひとり参らんはあまりにもの憂し」とて、妹の義女をもあひ具しける。 ===第十節=== そのほか白拍子二人、総じて四人、一つ車に乗り具して、西八条へぞ参りける。日ごろ召されける所へは入れられずして、遥かにさがりたる所に、座敷をしつらうて置かれたり。祇王、 「こはされば何事ぞや。我身にあやまる事はなけれども、捨てられ奉るだに有りし、いまさら座敷をさへさげらるる事の心憂さよ。いかにせん」 と思ふに、知らせじとする袖のしたよりも、あまりて涙ぞこぼれける。仏御前哀に思ひ、入道殿に申しけるは、 「さきに召されぬ所にてもさぶらはず、これへ召されさぶらへかし。さらずは、わらはにいとま賜はりて、出でて見参せん」 と申しけれども、入道「全てその儀有るまじ」と宣ふ間、力及ばで出でざりけり。 ===第十一節=== 入道出であひ対面し給ひて、 「いかに祇王、何事か有る。さては、仏御前があまりにつれづれげに見ゆるに、なにかくるしかるべき、今様一つうたへかし」 祇王、参る程ではともかくも仰せをば背くまじきものを」と思ひければ、落つる涙をおさへて、今様一つうたひける。月もかたぶき夜もふけて、心のおくを尋ぬれば、 ''仏も昔は凡夫なり 我等も終には仏なり'' ''いづれも仏性具せる身を へだつるのみこそ悲しけれ'' と、泣く泣く二返歌うたひたりければ、その座に並みゐ給へる一門の公卿、殿上人、諸大夫、侍に至るまで、皆感涙をぞ流されける。入道もおもしろげにて、 「時にとりては、神妙に申したり。この後は、召さずともつねに参りて、今様をもうたひ、舞などをも舞うて、仏をなぐさめよ」 とぞ宣ひける。祇王かへりごとに及ばず、涙をおさへて出でにけり。「親の命をそむかじとて、つらき道におもむき、ふたたび憂き目を見つるくちをしさよ」 ===第十二節 (祇王出家)=== 「生きてこの世に有るならば、又憂き目をも見んずらん。いまは唯身を投げんと思ふなり」と言ひければ、妹の祇女も、「姉の身を投げば、われもともに投げん」と言ふ。母とぢこれを聞き悲しみて、いかなるべしともおぼえず、泣く泣く又教訓しけるは、 「誠に我御前が恨むるも理なり。かやうの事有るべしとも知らずして、教訓して参らせつる事のくちをしさよ。但二人の娘共におくれなば、年老い、よはひ衰ひたる母、とどまりてもなにかせん。我もともに身を投げんなり。いまだ死期もきたらぬ親に、身を投げさせん事、五逆罪にや有らんずらん。この世はわづかに仮の宿りなり。恥ぢてもなにならず。今生でこそ有らめ、後生でだにも悪道へおもむかん事の悲しさよ」 と袖を顔に押しあてて、さめざめとかきくどきければ、祇王涙をおさへて、 「一旦恥を見つる事のくちをしさにこそ申すなれ。誠にさやうにさぶらはば、五逆罪は疑ひなし。さらば自害は思ひとどまりぬ。かくて都に有るならば、又憂き目をも見んずらん。いまは都のうちを出でん」 とて、祇王二十一にて尼になり、嵯峨の奥なる山里に、柴のいほりをひきむすび、念仏してぞゐたりける。妹の祇女も、 「姉の身を投げば、ともに投げんとだにちぎりしに、まして世をいとはんには、たれかはおとるべき」 とて、十九にて様をかへ、姉と一所にこもりゐて、後世をねがふぞ哀なる。母とぢこれを見て、 「若き娘共だにも様をかゆる世の中に、年老い、よはひおとろへて、白髪つけてもなにかせん」 とて、四十五にて髪を剃り、二人の娘もろともに一向専修に念仏して、偏に後世をねがふぞひける。 ===第十三節 (祇王出家)=== かくて春過ぎ夏たけて、秋の初風吹きぬれば、星合の空をながめつつ、天の戸わたるかぢの葉に思ふ事書くころなれや。夕日の影の西の山の端にかくるるを見ては、 「日の入り給ふ所は西方浄土にて有るなり。いつか我等もかしこに生まれて、物を思はですごさんずらん」 と、かかるにつけても、唯つきせぬものは涙なり。たそがれ時も過ぎければ、竹の編戸をとぢふさぎ、灯かすかにかきたてて、親子三人念仏してゐたる所に、竹の編戸をほとほとと打ちたたく者出できたり。其時尼ども肝をけし、 「あはれ、これはいふかひなき我等が、念仏してゐたるを妨げんとて、魔縁きたりてぞ有るらん。昼だにも人も訪ひこぬ山里の、柴の庵の内なれば、夜ふけて誰か尋ぬべき。わづかの竹の編戸なれば、開けずとも押し破らん事やすかるべし。なかなか唯あけて入れんと思ふなり。それに情をかけずして、命を失ふものならば、年ごろたのみ奉る弥陀の名号をとなへ奉るべし。声を尋ねてむかへ給ふなる聖衆の来迎にてましませば、などかは引摂なかるべき。あひかまへて念仏おこたり給ふな」 と、たがひに心をいましめて、竹の編戸をあけたれば、魔縁にてはなかりけり、仏御前ぞ出できたる。 ===第十四節 (祇王出家)=== 祇王、「あれはいかに、仏御前と見奉るは、夢かや、うつつかや」と言ひければ、仏御前、涙をおさへて、 「かやうの事申せば、なかなか事あたらしき事にてさぶらへども、申さずは又思ひ知らぬ身となりぬべければ、始よりして申すなり。 もとよりわらはは推参の者にて、出だされまゐらせさぶらひしを、祇王御前の申し様によりてこそ召し返されてさぶらひしに、女のかひなさは、我身を心にまかせずして、おしとどめられまゐらせし事、心うくこそさぶらひしか。我御前を出だされ給ひしを見るにつけても、『いつか我身の上とならん』と思ひしかば、うれしとはさらに思はず。障子に又『いづれか秋にあはではつべき』と書きおき給ひし筆のあと、『げにも』と思ひ知られてさぶらふぞや。 いつぞや又召されまゐらせて、今様うたひ給ひしにも、思ひ知られてこそさぶらひしか。このほど御ゆくへをいづくにとも知らざりつるに、かやうに様をかへて、一所にと承りて後は、あまりに羨ましくて、常は暇を申せしかども、入道殿さらに御用ひましまさず。つくづく物を案ずるに、娑婆の栄華は夢のうちの夢、楽しみ栄えても何かせん。 人身は受けがたく、仏教にはあひがたし。比度泥犁に沈みなば、多生曠劫を経るとも、浮かび難し。年の若きを頼むべきにも有らず。老少不定のさかひなり。出づる息の入るをも待つべからず。かげろふ、稲妻よりもなほはかなし。一旦の楽しみにほこりて、後生を知らざらん事の悲しさに、今朝まぎれ出でて、かくなりてこそ参りたれ」 とて、かづきたる衣をうちのけたるを見れば、尼になりて出で来たる。 ===第十五節 (祇王出家)=== 「かやうに様をかへて参りたれば、日ごろの科をゆるし給へ。『許さん』と仰せられば、もろともに念仏して、ひとつ蓮の身とならん。それもなほ心ゆかずは、これよりいづちへも迷ひゆき、いかならん苔のむしろ、松が根にもたふれ臥し、命の有らんかぎりは念仏して、往生の素懐をとげん」 と言ひて、袖を顔に押しあてて、さめざめとかきくどきければ、祇王、涙をおさへて申しけるは、 「誠に、それほどに我御前の思ひ給ひけるとは夢にも知らず、憂き世の中のさがなれば、身を憂しとこそ思ふべきに、ともすれば我御前を恨みて、往生をとげん事もかなふべしともおぼえず。今生も、後生も、なまじひにし損じたる心地して有りつるに、かやうに様をかへておはしたれば、日ごろのとがは露塵ほどものこらず。今は往生疑ひなし。このたび素懐をとげんこそ、なによりもつてうれしけれ。我等が尼になりしをこそ、世にありがたきやうに、人も言ひ、わが身も思ひしが、それは世を恨み、身を恨みてなりしかば、様をかゆるも理なり。我御前の出家に比ぶれば、事の数にも有らざりけり。我御前は嘆きもなし、恨みもなし。今年は僅かに十七にこそなる人の、かやうに 穢土をいとひ、浄土を願はんと思ひ入り給ふこそ、誠の大道心とはおぼえたれ。うれしかりける善知識かな。いざもろとも願はん」 とて、四人一所にこもりゐて、朝夕仏の前に花香をそなへ、余念もなくねがひければ、遅速こそ有りけれども、四人の尼ども皆往生の素懐をとげけるとぞ聞こえし。されば、後白河の法皇の長講堂の過去帳にも、 「祇王、祇女、仏、とぢが尊霊」 と四人一所に入れられけり。哀なりし事共なり。 ==現代語訳== ===第一節=== All content in the above text box is licensed under the Creative Commons Attribution-ShareAlike license Version 4 and was originally sourced from https://ja.wikibooks.org/w/index.php?diff=prev&oldid=72874.
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