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 | title    =承久記
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(contracted; show full)浦々に寄するさ波に言問はん沖の事こそ聞かまほしけれ

 そもそも承久如何なる年号ぞや。玉体悉く西北の風に没し、卿相皆東夷の鉾先に当る。天照大臣・正八幡の御計ひなり。王法この時に傾き、東関天下を行ふべき由緒にてやありつらん。御謀反の企ての始め、御夢に黒き犬、御身を飛び越ゆると御覧じけるとぞ承る。かく院のはてさせ給ひしかども、四条の院の御末絶えたりしかば、後の後嵯峨の院に御位参りて、後の院と申す。土御門の院の御子なり。御恨みはありながら、配所に向はせ給ひき。この御心ばせを神慮もうけしめ給ひけるにや。御末めでたくして、今の世に至るまで、この院の御末かたじけなし。承久三年の秋にこそ、物の哀れを留めしか。


承久記 終

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[[Category:日本の中世文学]]
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