Difference between revisions 80520 and 124255 on jawikisource{{Wikipedia|吉井勇}}
===一、恵まれた詩歌への道===
父の名は幸蔵、昭和二年十月七日に、年七十三歳で世を去った。少年時代に欧米に留学、あちらで成人したので、英、仏、独、いずれの外国語も達者であった。帰朝後、海軍兵学校に入り、海軍少佐の時、台湾征討軍に遣問使として行ったが、濁水溪というところで、地雷火のために頭部をやられ、それ以来軍職をやめて、やや癒えてから貴族院に入った。私がまだ子供の時分、父は酔うとよく「思ひきや彌彦の山を右手(めて)に見て立ちかへる日のありぬべしとは」という祖父の歌を、くりかえしうたって聞かせてくれたが、こういうことも私の一生に、それとなく影響しているのではないだろうか。
(contracted; show full)== 関連項目 ==
* [[ゴンドラの唄]]
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